段階と限定
いまテレビをつけていたら、ビデオカメラのCMで、小学校低学年くらいの女の子が夕暮れの中、1人残って逆上がりの練習をしているというシーンをやっていた。
生まれつき運動神経が鈍くて、逆上がりができるようになったのがようやく小六だった僕には他人事じゃないなあと思いつつ見ていたのだが、この子って本当は逆上がりできるんじゃないの? 演技で逆上がりに失敗しているように見えるのだ。逆上がりができない一番の原因は腰が引けているためと、腕の引き付けが弱いためだと思うのだが、TVの小さい画面で見ている分には、「腰が引けている」というより「腰を引いている」ように見える。
逆上がりの補助のため、鉄棒の前に湾曲した板を置いてある小学校は良く見かける。その板を駆け上がるようにして逆上がりのコツをつかませようという狙いなんだろう。
もちろんないよりはマシなんだけど、それってほとんど効果が無いよ。その板を使うことによって足の蹴り上げを補助することはできても、肝心の腰(重心)が引けていたら逆上がりはできない。
僕が逆上がりができるようになったきっかけは、ちょっとした遊びのつもりで、逆上がりの成功した状態からゆっくり降りようとしたときに、腰の位置は自分で思っていたよりもずっと上にあるように腕でひきつけておくべきだと気づいたのがきっかけだった。足は充分蹴り上げられていたんだが、腰が引けていたので鉄棒の上まで腹が届いていなかったのだ。
運動神経が人並みな人にとっては、どうしてこんな簡単なことができないの、と思うのかもしれない。できない人がなぜできないのかがわからないのかも知れない。
できない人ができるようになるためには、段階を踏んで、状況を限定して、簡単なところから練習をしなければならない。運動センスが人並みにあって、苦労なく逆上がりができた人には、どのポイントで段階を踏ませるべきか、どのように状況を限定させるべきかを想定するのが難しいのではないか。
このCMの女の子みたいに、やみくもに反復練習をしても、かかる時間の割には効果は期待できない。覚えはじめのごく初期に、自分で考えさせるために反復練習をするのは悪いことではないが、適切な指導をせずにやみくもに根性論で反復練習をさせるのはたいへん良くない。ますます運動が嫌いになるだけだ。
逆上がりよりも、自転車に乗ることのほうが、この「段階と限定」を説明しやすい。
自転車に乗れるようになる段階は、静的なバランスを取れるようになることと、その次に動的なバランスを取れるようになることだ。ペダルをこがずに自転車を惰性でまっすぐ走らせるのが静的なバランスで、ペダルをこぎつつまっすぐ走らせるのが動的なバランスだ。
たいていの場合、静的なバランスをとる段階をすっとばして、いきなり動的なバランスを覚えさせようとしてしまう。たとえばペダルをこいだ状態で走らせたまま、付き添いの大人が自転車を支えていた手を離すなどして鍛えるわけだ。
運動センスが鈍い人が自転車に乗れるようになる一番の鬼門は、ペダルを上下(正確には回転)させつつ、左右のバランスをとるという動作だ。
まずはその上下運動を封じるべき。具体的には、サドルにまたがって、足はぶらぶらさせた状態(ペダルにはまだ足を乗せない)で、地面を足で蹴ってまっすぐ進める段階にまず到達しなければならない。まっすぐ進むためには、ハンドルに余計な力を入れてはいけないんだが、まずそれを体感しなければならない。ペダルに足を乗せないことによって、恐怖感も大幅に減る。
次にはペダルに足を乗せてみよう。地面を足で蹴って惰性で自転車を進ませて、水平にした状態のペダルに足を乗せてバランスを取れるようにする。
次には地面を足で蹴って惰性で自転車を進ませて、左右どちらかのペダルを踏み込んだ状態で足を乗せて、バランスを取れるようにする。体の体制が左右非対称でも、腰の位置に変な力を入れないことを体感するわけだ。
次には地面を蹴って惰性をつけることはやめて、ペダルを一回まわしたらペダルから足を離して立ってみよう。
次にはペダルを2〜3回回せるようにしよう。回数が限定されることによって恐怖感が薄らぐ。
次にはペダルを2〜3回回したあと、ペダルに足を乗せた状態で惰性で走行してみよう。このときペダルは左右どちらかを踏み込むか水平にするかは、人それぞれやりやすいほうがあるので好みでよい(僕は水平のほうが楽だった)。
普通にペダルを回して走行できるように挑戦するのは、これらができてから。
僕は友人3人と一緒に、友人の父親に自転車の乗り方を教えてもらったのだが、この人が、自転車の荷台を掴んで後ろから押して勢いをつけて「ホイ走れ〜!」みたいな教え方だったので、僕は全く上達しなかったのだ。
それで3人が解散してから、1人で、足ぶらぶら状態走行→ペダル2回回して惰性走行、の段階を居残り練習して、3日目にようやく他の2人に追いつくことができたのだった。他の2人が運悪く運動神経がいい人だったのが災いした…。
他の鬼門は、たぶんブレーキだろう。停止するときに強すぎず弱すぎずブレーキをかけるところが難しい人もいるかもしれない。
僕は幸い、ブレーキ系は全く苦労しなかった。後年にバイクや車を覚えたときも同様だった。なのでブレーキに苦労する人が、なぜ苦労するのかがイマイチわからない。例えばバイクの免許を取りに行ったとき、40kmから程度の制動に苦労している人がいたが、どうもわからなかった。
もし教える立場だとしたら、どう教えればいいんだろう?
20km位でゆっくり走りつつ、ブレーキレバーをゆっくり引いて(握る、ではなく)ブレーキパッドがローターを掴んでいく感覚を体感してもらうのがいいのかな?
たぶん、いまだに4本指でブレーキを教えているのも悪いんだと思うんだけど…。握る、ではなく引く感覚を掴むためには、アクセルグリップをどれかの指で握っている、3本指ブレーキか2本指ブレーキで教えたほうがよいのでは? グリップを握っていることによって、指の「引く」動作が対照的に掴みやすくなると思うし、なによりグリップを支えている指が増えることによる安心感も増すだろうし。
運動だけでなく、人に何かを教えるには、わからない人がなぜわからないかをわかるように努力して、適切な段階を踏んで、適切に状況を限定して、鬼門を一つ一つつぶしていくのが肝要だと思う。
もちろん何も言われなくても最初からできちゃう人も当然いるので、適性をまず掴むのが大事だけど。
やみくもに根性論で努力をしたって、時間の無駄だし、自信を無駄に喪失させるだけだ。自分のできる限定状況から段階的に、できる範囲を増やしていかせるべきだろう。