見上げてごらん / 草葉道輝
サッカーにほとんど興味の無い僕さえも夢中にさせたサッカー漫画「ファンタジスタ」の作者の新連載だ。今度のテーマはテニスなのだ。
ここが公式サイトって扱いになるのかな?
この漫画、今週で第6話目なんだが、6話まで話が進んだにしては、どうもまだいまいち登場人物に思い入れが沸かない僕だ。
現在のところ、こんな感じのあらすじだ。
剣道部への特別推薦枠で高校に入学した了は、ひょんなことからテニス部の入部セレクションに参加してしまうことになる。そこで入部を認められてしまったはいいものの、さて剣道部はどうするべきか? 剣道部に顔を出してみたものの、実に謹厳実直な雰囲気で、とても馴染めそうに無い。剣道部への推薦状を書いてくれた祖父には内緒で、テニス部に正式入部してしまう了であった。「剣道部への特別推薦枠」で入学した割には、剣道部側からのアプローチがほとんど無いのが実に奇妙な感じなんだが、ひとまずそれは置いておこう。僕が登場人物に思い入れが沸かないという話とは別問題なので。
少年漫画には、定番のシチュエーションがいろいろある。その中でも小中学生(および小中学生マインドを保持する大人)のハートをがっちり掴むシチュエーションのひとつに、
・まず主人公は何らかの逆境を持っている
・その逆境を克服するべく努力する
・逆境と思われていたものが、実は自分の美点になりうることに気づく(あるいは見出す人がいる)
・その美点を伸ばすことによって、多くの人に認められる
というのがある。
例えば「ファンタジスタ」だったら、てっぺいは島育ちで、サッカー仲間もいない、広いグラウンドでプレーしたことも無い、コーチである姉は上京しているので手紙でしか指導ができない、強風吹く砂浜でしか練習をしたことが無い、などなどの逆境が、てっぺいのイマジネーションあふれる個人技の習得へとつながっていったわけだ。
飛びぬけた個人技が認められているため、最大の欠点であるチームプレー経験の無さにもかかわらず、周りの人々に支えられ、てっぺいは(読者の思い入れを乗せて)成長していく。
「シャカリキ!」だったら、テルは坂の多い街で育ち、自転車に乗る=急坂を登るということになるので、自転車仲間もいない、平地で早く走る術を知らない、などなどの逆境が、テルの驚異的な登坂能力と精神力につながっていったわけだ。
以下ほとんど同文。
この「見上げてごらん」では、主人公の了は、初めてラケットを持った入部テストで、既に素質の片鱗を垣間見せることになるわけだ。もし定番どおり主人公の逆境(実は美点)パターンを作者が用意しているとするならば、もちろん特別推薦が認められるほどの剣道のキャリアのはずなんだが、6話まで進んだ今でも、その設定が生きはじめる様子が見られない。
了にとっての、チームメートへのアドバンテージがなにで、乗り越えるべき壁がなにであるのかが不明瞭なまま話が突貫進行している様子なのだ。
了はいきなり「テニスプレイヤーとしての」素質の片鱗を見せてしまっているので、読者が思い入れる手がかりが見つからず、手が宙を切ってしまう。
最初っから主人公が、凡人である読者はひれ伏すしかないような飛びぬけた存在(例えば「神童」での成瀬うた)である場合なら、それはそれで「ひれ伏すしかない存在」として思い入れの対象になるものだ。
その飛びぬけている成瀬うたですら「借金」という逆境を背負っていて(序盤から示唆されている)、担保として取られた愛用のスタインウェイとの別れに、住宅街の道路のど真ん中で梱包を空けて最後の1曲を弾くシーンで、僕を泣かせたりするわけです。
というわけで、この漫画の主人公の了は、あまりにも屈託が無くて、なにを乗り越えるべき存在なのか、なにを既に乗り越えている存在なのかが見えてこないので、どうしても僕の気持ちは入り込んでいかないのです。