峠越え 2003.8.23~2005.2.28 空景 / 上本ひとし

近所に出来た超大型書店の写真集コーナーで、タイトルに惹かれて手に取った写真集。

峠越え 2003.8.23~2005.2.28 空景―上本ひとし写真集 (NC photo books)

峠越え 2003.8.23~2005.2.28 空景―上本ひとし写真集 (NC photo books)

「峠越え」というタイトルからして、僕の好きな寂れた山道の写真集だったりするのかな、と思って手に取ったのだが、予想とはぜんぜん違った。寂れた山道の写真もそりゃあったのだけど。

饒舌に語ることはなく、かといって自らの内に籠もるわけでもなく、もったいをつけてなにか付加価値を出そうとしているわけでもなく、語りだしたい諸々を胸の奥に潜めている…のともちょっと違って、諸々の「語りだし」のきっかけを掴みあぐねているかのような写真。その「語り」が喉に留まっている気配にとても魅かれてしまう。
なんらかの気配が一定した通奏低音として、ページの最初から最後まで流れていて、ページをめくるたびにその上に新しい響きが代わり重なり広がって行く。そのあたり、川内倫子の"AILA"と、とてもよく似ている印象を受ける。

開頭手術の痕が残る人物があったり、胸部?レントゲン写真があったり、誰も座っていない食卓があったり、火葬場の遺灰?があったりして、その示唆するところからして、もしや「峠越え」って、病気の「峠越え」? とも思ったのだが、写真集をたまたま書店で手に取って見ているだけの僕にはなにもわからない。写真集内では言葉では何も語られない。
写真集のタイトル以外に作家の言葉はどこにも表われない。写真内でも見事なまでにその場所を示すような情報は写されていない。とても寡黙な写真群である。しかしわからないことに何の戸惑いも不安も感じない。わかるとかわからないとかに関係なく、ただモノクロームの世界の切片に見入ってしまう。

いま検索してみたところ「末期ガンに冒された母親の顔を見ながら、発病から他界まで、無意識の中で見ていた空景が、私のフィルムに焼きついていた…。」ということであった。当時行われていた写真展のリンクがこちら。

・上本 ひとし写真展「峠越え」2003.8.23〜2005.2.28 空景

写真集の印刷でも、とても静謐で美しいトーンなので、これはぜひプリントで見たいものだった。
先月に"OIL 2006"という写真集の発売と合わせて、同名の個展をしていたようなので、見逃して残念だった。この写真もぜひ見てみたい。