アイデン&ティティ

所用があって通りがかった橋本の映画館で、そのとき一番上映時間が近かったから見た映画。なので特に前情報など無く見ています。

アイデン & ティティ [DVD]

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公式サイトはこちら。あらすじはこんな感じ。

アイデン&ティティみうらじゅんの原作は未読なのだが、おそらく原作はもっとドライで力が抜けてて余裕があるのではないかな。みうらじゅん原作と聞いて思うイメージからはちょっと意外な熱さだった。
若かりし日々の青さ、身に覚えのあるイタさを、これでもかというくらいに見せ付けられるのであるけれど、そのイタさを馬鹿にするわけでもなく、真正面から誠実に描いているので、そのイタさが見てられないような恥ずかしさにはならず、クサいんだけどどうにも目を離せない魅力になっている。作り手の愛と誠実がしっかり伝わってくる。

割とお決まりどおりに戯画化された「大人」たちの厭らしさなんだが、なんだか異常なまでのリアリティに満ちていてすごい。
たぶん戯画化されていると感じるのは僕が門外漢の人間だからであって、実際のところ、こういう人たちって山のようにいるんだろうなあ。

中島(峯田和伸)率いるバンド"SPEED WAY"のヒットした曲「悪魔とドライブ」とか、ライバルの岩本(コタニキンヤ)率いるビジュアル系バンドの曲「リリー・マルレーン」とか、見事にイイ感じで、あの時代特有の嫌さに溢れていた。
ほかにも"SPEED WAY"のポスターのビジュアルとか、バンドブーム当時のプロモーション主導で売り出していたバンドの感覚がすごく良く出ていた。これじゃあ中島が嫌になるのがわかるわ。すごい説得力がある。ここのところでピントが外れてしまうと映画の根幹が崩れてしまうのだが、本当に見事だ。

まあ「あの時代特有」とはいっても、いま現在でも、こんなような音楽でこんなようなプロモーションしている(されている?)人たちって、山ほど見かけるんだけどね。

さて、それまで情けなさ丸出しで、さんざん大人的商売論理に負け続けてきた中島が、バンドブーム懐古番組(生放送)に駆り出された際、とうとう「大人たちを困らせたいんだ」と言い残して舞台袖から飛び出したその時、血液がブワッと沸き立った。段取り無視で暴れまくりで生放送のTVは「しばらくお待ちください」状態だ。やってくれました。それが見たかったのだよ。それをやって欲しかったのだよ。
段取りや進捗管理や最良のコスト/パフォーマンスになる落としどころを日々検討する、すっかり大人(?)になった僕なのであるが、「(訳知り顔の)大人たちを困らせたいんだ」で血液が沸騰するような火種は、やっぱりまだ心の中に潜んでいるんだ。
大人たちにもいろいろ事情があるんだよ、「君の立場になれば君が正しい、僕の立場になれば僕が正しい」、そんなことはもちろんわかっている、イヤっていうほどわかっているんだけど、それでもやっぱり「(訳知り顔の)大人たちを困らせたい」衝動の火種は、どうしたって消えないもんです。

中央線沿線の、地方の人が憧れない方面の東京の雰囲気が、たいへんよく伝わってくるのにも感心した。まさしくあれが中央線沿線の独特の、淀んだ空気です。
それにはカメラの人の力もあると思う。ほとんど広角のカメラを使わず、肉眼に近い画角とパースペクティブに徹しているのが効を奏して、登場人物とそれを包む場の雰囲気が一体化して伝わってきます。


気になる点がいくつか。
中島の彼女(麻生久美子)が、異常なまでの意図的と思われるセリフ棒読み、無表情なんだが、なんで? あまりの棒読みっぷりで、人世の者では無く見えるくらいだ。
彼女は中島の女神的な役割(映画中では「マザー」と表現している)を担っているので、それを補強するための演出?
中島の情けなさと、いいコントラストになっているのは間違いないけど、どうにも違和感が残るなあ。

中島役の峯田和伸って、役者じゃなくてミュージシャンだったんだね…。演技はすごい良かったですよ。良かったのだけど、歌っているとき、あまりにも音、外しすぎ…。シリアスなシーンが笑いになってしまうくらいに音が外れていて、ちょっといくらなんでもこりゃあないだろう。

映画の舞台は、バンドブームが去ったあと、「あの人は今」的、雑誌特集とか番組とか作られる時代、端的に言えば原作が発売されたのと同じ90年代前半であるわけなんだが、中島の彼女が使っているMacが97年ごろのだったり、ファンの女の子が中島に渡す電話番号が060から始まるものだったりで、なんだか詰めが甘い。
もしかして現実のバンドブームとは異なる、90年代中盤を舞台にした、架空の「バンドブーム」を設定したのかな? だとしたら納得なんだが…。あからさまにイカ天がモデルであろう番組が出てくるし、イカ天バンド(マサ子さんとかスイマーズとか!)も劇中に登場してくるので、どうしても違和感が増大してしまう。

傑作とは言いがたいと思うのだけど、ロックな魂が一度でも胸に宿ったことがある人には、間違いなくオススメ映画です。原作も捜してぜひ買って読みたい。